次元が低すぎるわ、といわれても。
2005年3月25日たとえば、死後の世界でも
「あー、トイレットペーパー買わなきゃ〜」
とか思いたくないっちゅーねん。
::::::::
ああ そうだ。
私が心臓はたんなるポンプでしかなく、心も体も脳なんだと
思うのは、
存在とは=意識
意識=脳の活動
脳の活動停止=私という存在の死
という定義ができるからだ。
でも脳死の定義はそんなに単純ではないと、これまた
どこかで読んだ気がする。
人の死は簡単に議論できるものではない。
私は好き勝手に書いているけど、他意はない・・・。
うーん じゃあ 書かないほうがいいのかしら。
とりあえず、Mと私とで一致しているのは
潔い死を。
Mはバルハラに憧れている。
私はネイティブアメリカンが死を覚悟した戦いの前に
「今日は死ぬのにはもってこいの日だ」と言うのが好きだ。
ずっと前に「半落ち」という映画を見た。
息子の死を認められない母親の姿が一番痛かった。
死に捕らわれすぎるのは悲しいと思う。
「あー、トイレットペーパー買わなきゃ〜」
とか思いたくないっちゅーねん。
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ああ そうだ。
私が心臓はたんなるポンプでしかなく、心も体も脳なんだと
思うのは、
存在とは=意識
意識=脳の活動
脳の活動停止=私という存在の死
という定義ができるからだ。
でも脳死の定義はそんなに単純ではないと、これまた
どこかで読んだ気がする。
人の死は簡単に議論できるものではない。
私は好き勝手に書いているけど、他意はない・・・。
うーん じゃあ 書かないほうがいいのかしら。
とりあえず、Mと私とで一致しているのは
潔い死を。
Mはバルハラに憧れている。
私はネイティブアメリカンが死を覚悟した戦いの前に
「今日は死ぬのにはもってこいの日だ」と言うのが好きだ。
ずっと前に「半落ち」という映画を見た。
息子の死を認められない母親の姿が一番痛かった。
死に捕らわれすぎるのは悲しいと思う。
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